出産前の「性別お披露目パーティー」が大好きなのに…米国で男でも女でもない「ゼイビー」が注目されるワケ

出産前の「性別お披露目パーティー」が大好きなのに…米国で男でも女でもない「ゼイビー」が注目されるワケ(プレジデントオンライン) – Yahoo!ニュース

■性別にとらわれない「ノンバイナリー」の人々

 「自分は男性ではなく、女性でもない」。こんなふうに考える、「ノンバイナリー」の人々が少しずつ増えてきている。

 2021年には歌手の宇多田ヒカルさんがノンバイナリーを公言し、日本においてこの性自認(自身の性別の捉えかた)が広く認識されるきっかけになった。この件はアメリカでもヤフーニュースに取り上げられ、一定の話題となったようだ。

 著名人に限らず、ノンバイナリーを公表している人々は多い。ソーシャルメディアのプロフィール欄で、「they/them」の表記を目にしたことはないだろうか。これは、ノンバイナリーの人々が立場を表明したものだ。

 自身が男性にも女性にも感じられなかったり、時と場合によってどちらにも感じられたりする場合、「彼」や「彼女」などの代名詞で呼ばれることに違和感がある。そこで、自分を呼ぶ場合、ぜひ性別を区別しない「they/them」で呼んでほしい、という意味を込めたプロフィールだ。

 ノンバイナリーという、いわば「性別がないという性別」、あるいは「性別が固定されていない状態」との考え方は、日本ではまだなじみが薄い。だが、考えが浸透するアメリカでは、2つの性別に縛られないことは基本的な権利のひとつだという見地もある。

 2019年からカリフォルニア州では、身分証明書などの性別欄でノンバイナリーを選択できる法律が施行された。東海岸ではニューヨーク州が同年、出生証明書の性別欄で男性を示すM・女性を示すFに加え、「X」を記載可能な措置を導入している。

 なお、混同されがちだが、恋愛対象を区分した「ヘテロセクシュアル(異性愛)」「ホモセクシュアル(同性愛)」とはまた別の概念だ。ノンバイナリーであるか否かは恋愛対象とは関係なく、自分自身の性別をどう考えるかを表している。

■イーロン・マスクは第1子に「X Æ A-Xii」と名付けた

 欧米では、こうした考えをさらに発展させ、生まれてきた赤ちゃんや子供が男子でも女子でもないと考える子育て法が誕生した。いわば「ジェンダーニュートラルな育児」だ。

 このような赤ちゃんは、ノンバイナリーの三人称である「they」と赤ちゃんを意味する「baby」を掛け合わせ、「theybie(ゼイビー)」と呼ばれる。

 アメリカのみならず、イギリスでも市民権を得つつあるようだ。英ガーディアン紙は、「『ゼイビー』のコンセプトは2018年ごろから、主流になったとは言えないまでも、広く世間に認められてきた」と報じている。

 2020年になると、イーロン・マスク氏が自身の子供をゼイビーとして育児する姿勢を見せ話題となった。米フォーブス誌は、マスク氏が第1子を「X Æ A-12」と名付けたと報じている。州法に適合するよう、のちにローマ数字を用いた「 X Æ A-Xii」に変更している。

 かなり変わった名前ではあるが、男女どちらの型にもはめないよう配慮し、性別を想起させない名前にしているようだ。同誌によるとミュージシャンで妻のグライムスさんは、以前配信した自身の動画のなかで、「私は(子供たちの)性別を決めつけたくはないです。彼ら自身がその人生のなかで(性別を)そう感じるとは限らないから」と説明している。

 マスク夫妻の命名法はかなり極端であるにせよ、子供の性別を決めつけたくないため中性的な名前を選ぶという両親は増えているようだ。より一般的には、よく知られた名前のなかから中性的な響きを持つものを選ぶことが多い。育児事業などを展開する米Care.comは、Zaza(ザザ)やRenny(レニー)などの名前を挙げている。

■欧米セレブが子供の性別を公表しない理由

 アメリカでは一般に、赤ちゃんの性別への関心が非常に強い。出産に先駆けて、両親が生別診断の結果を披露する「性別お披露目パーティー」がごく一般的に行われている。

 たとえば黒い風船を割り、中からピンクの紙吹雪が飛び出せば赤ちゃんは女の子、ブルーなら男の子などといった発表スタイルだ。友人などを招き、皆の前で性別を発表するイベントとして楽しまれている。

 そんなカルチャーの根付くアメリカにおいてさえ、近年では子供に性別を意識させることに抵抗を覚える両親が増えてきているようだ。米カルチャー各誌は、ジェンダーニュートラルな育児をするセレブたちの例を多く取り上げている。

 USウィークリー誌は12月、女優のシガニー・ウィーバーさんが自身の子がノンバイナリーであることを公表した、と報じた。

米サイトのバズフィードは8月、女優のジェニファー・ロペスさんがステージ上で自身の14歳の子供をジェンダーニュートラルな代名詞で呼び、子供の性自認に寄り添う姿勢を明示したと報じている。

 米インサイダー誌は2020年、アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットの子供について、その呼び名の変遷を振り返っている。出生時の性別に基づいてシャイロと名付けたが、その後ノンバイナリーな「they」と呼ぶ時期を経て、現在では男性名のジョンの名で呼んでいるようだ。

■彼、彼女ではなく「ジー」

 ジェンダーニュートラルな育児はセレブだけでなく広く浸透しており、そこにはさまざまなアプローチが存在する。

 経済メディアの米クオーツは2018年の記事のなかで、早くも欧州におけるジェンダーレスな育児の取り組みを紹介している。

 それによるとスウェーデンの公立幼稚園では、子供たちが極力性別の区別をしないよう教育に注意を払っているのだという。また、イギリスではジェンダーニュートラルな制服を導入したり、「he」「she」ではなく「zie(ジー)」というジェンダーレスな代名詞を使っても良いと教えたりする学校があるようだ。

 より徹底する場合、両親の性別を意識しない呼び方を勧める親もいる。英デイリー・メール紙によると、オーストラリアのある家庭では、「mum(ママ)」や「dad(パパ)」の代わりに両親とも「PomPom(ポンポン)」と呼ばせているという。

 ゼイビーを育てている親のなかには、性別の概念をさらに徹底的に回避し、出生時から一貫して性別を隠してしまう人々もいるようだ。子育て情報サイトの米スケアリー・マミーは、医師などを除いて他者にいっさい赤ちゃんの性別を明かさないなど、かなり徹底している人々がいると紹介している。

 そのほかジェンダーニュートラルな育児において、子供の知的好奇心を刺激する各種のおもちゃも重要なアイテムのひとつだ。インサイダー誌は、女の子だから人形セットを与えたり、男の子だから青系の服を着せたりといった偏りを避け、バランス良く子供に与えるよう工夫している親が多いと紹介している。

 業界にも動きは波及している。フォーブス誌は、米小売り大手のターゲットがおもちゃ売り場の表示を変更し、「男の子向け」「女の子向け」の案内を廃止する計画だと報じている。

■将来、子供が自身の性別を選択できるように

 熱心にジェンダーレスな育児に取り組む親たちだが、そのねらいはどこにあるのだろうか。見方によってはノンバイナリーであることを子供たちに強制しているようにも思えるが、本来の意図は少し違うようだ。

前提として、性別のない「ゼイビー」としての子育ては、子供が成人後もゼイビーであることを意図していない。デイリー・メール紙は、ノンバイナリーであることを強制するためではなく、将来どちらでも選べるようにとの意図だと説明している。

 実際にイギリスでゼイビーを育てているというある親は、ガーディアン紙に対し、本人が性別を言語化できるようになるまでは性別を割り当てたくないと話している。ずっとノンバイナリーでいることを強制するものではなく、将来成長した段階で自身の性自認に合わせて生き方を選んでほしいという願いが込められているようだ。

 そのうえで主な意図として、幼い頃から「男の子だからこうあるべき」「女の子だからこれはできない」という考えに縛られるのを避け、男女両方のポジティブな面を習得させたいというねらいがある。

 インサイダー誌は、子供は2歳ごろからすでに、他人が自分の性別をどう認識しているかを感じ取るとの研究結果を引用している。また、専門家によると、この年齢の子供は早くも、周囲の大人たちの性別とそこに期待される役割を感じ取るのだという。自分自身の性にその役割を当てはめ、社会のなかで期待された役割をおのずと演じようとする傾向があるようだ。

 そのため、子供自身に性別を強く認識させることを避け、社会的に押しつけられた役割にとらわれずに成長させたいとの考えが賛同を集めるようになった。

■苦しんだ経験を子供に繰り返してほしくない

 フォーブス誌はこのようにして、ジェンダーのステレオタイプに惑わされることのない成長が期待できるとの利点を挙げている。さらに同誌は、たとえばSTEM分野(科学・技術・工学・数学)における女性の進出を促進するなど、社会的な性差の是正になるとの期待を示している。

 これとは別に、熱心にジェンダーニュートラルな育児を続ける親のなかには、自身の経験した苦しみを繰り返したくないという思いもあるようだ。親自身がノンバイナリーであり、周囲からの期待との相違につらい思いをしてきたというケースが少なくない。

 オーストラリアのある親はデイリー・メール紙に対し、「自分の人生をただ歩んでいるだけなのに、そこに女性へのあらゆる期待を押しつけられているような気がしました」と苦悩を打ち明けている。

 別の親はガーディアン紙に対し、自身の性別に対する周囲からの先入観が「ある種の厄介事をもたらし、動揺させ、人生に害をもたらした」と述べている。こうした苦い経験を子には味わってほしくないとの思いが根底にあるようだ。

■ノンバイナリーに嫌悪感を示す人々も…

 ノンバイナリーな子育てはまだ新しい育児法であり、反感を覚える人々も少なくない。

 ガーディアン紙の取材に応じたカナダのある家庭は、2017年にカナダ政府から「M(男性)」「F(女性)」ではなく「U(おそらく未知を示すUnknownの頭文字)」が記入された健康保険証の発給を受けた。

 おそらく世界で初めてノンバイナリーが公式に認められた身分証だとして、当時大々的に報じられている。だが、両親の元には温かい応援のメッセージに混じり、報道を見た心ない人々からの嫌がらせのメールが相次いだ。悪意あるメッセージがあまりに大量に届いたため、メールを振り分ける人物を雇わなければならないほどだったという。

 反感の対象は子育て論に限らず、そもそもノンバイナリーという考え方自体に嫌悪感を示す人々もまだまだ少なくない。

 12月には、バイデン政権の政府職員であり、ノンバイナリーを公言した最初の米政府職員とも言われるトム・コットン氏にまつわるスキャンダルがあった。空港で他人のスーツケースから貴重品を抜き取ったとされる。

 性自認と犯罪行為は関係のない事象だが、米保守派のフォックス・ニュースは、ここぞとばかりにノンバイナリーをあげつらうバッシング記事を掲載している。

■東京オリンピックで起きたノンバイナリー選手への共感

 一方で世論は、おおむねノンバイナリーの人々をサポートする方向に動き出しているようだ。

 2021年の東京オリンピックの際、スケートボードの米アラナ・スミス選手について英BBCの解説者が、繰り返し「she」と呼ぶ騒動があった。

 選手本人は「they/them」の呼称を希望し、出場時に使用したスケートボードにもこの呼称の文字を刻んでPRしていた。さらにスミス選手は、ノンバイナリーを公言する初のオリンピック選手としても注目を集めていた。

 だが、大会公式資料に「女性」と記載されていたことから、解説者は「彼女」と呼んでしまったようだ。故意の行動ではなかったが、本人の性自認を踏みにじる言葉を重ねたことで、視聴者からは反発が相次いだ。

 英メトロ紙は、解説者が「繰り返しミスジェンダーした」ことで批判を浴びたと報じている。ノンバイナリーという立場を積極的に支持しようという機運が生まれているようだ。

■じわり広がる性別にとらわれない育児法

 性の多様性にまつわる認識は、急速に変革を遂げつつある。一昔前までは同性愛の人をからかうような言動が当たり前のように繰り返されてきたが、今日では人権の侵害と取られてもおかしくはない。

 性自認についても同様の傾向にある。ノンバイナリーの選手の心情を尊重しないことは、もはや非難の対象となっている。ノンバイナリーを子育てにも適用することは、ここ数年で広がってきた新しいコンセプトだ。

 おそらく親たちも手探りで進めている状況であり、まだまだ議論の余地も残されている。たとえ個々の方法論については異論があろうとも、ノンバイナリーの子育て法がじわりと認知度を上げてきていることは疑いない。

 「性別のない赤ちゃん」というコンセプトは奇異なものとすら感じられるが、その根底にあるのは、男女の性差の解消という普遍的な方針だ。

 たとえば日本の中学校では、男子は技術科、女子は家庭科を修める時代があったが、1990年度から男女共修に改められている。この流れをさらに低年齢化し、赤ちゃんの時に与えるおもちゃの時点から性差を取り払ったものと考えれば、さほど異質で受け入れがたいものではないだろう。

■「性別のない子供」が当たり前になるか

 ノンバイナリーの子供に対する接し方は、決して難しくないという。ある親はガーディアン紙に対し、人々は自分で思っているよりも早くノンバイナリーの概念になじむと語っている。

 「これまで何度も、『わぁ、今まで(ノンバイナリーの子供に)会ったことがないよ』とか、『(三人称の呼び方を)毎回正しく言う自信はないからね』とか言う人々に会ってきました」「けれど彼らが思っている以上に、うまくやってくれるんです。思っているほど難しくはないんです」

 男女の型にはめない育児法が少しずつ市民権を得てきているようだ。「性別のない子供」の考え方には一瞬たじろぐが、思いのほか早く浸透していくのかもしれない。

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