タイ「性転換手術ツアー」最新事情〜本当の性を生きたい人たちへーアレを作るのに400万円…!?

タイ「性転換手術ツアー」最新事情〜本当の性を生きたい人たちへ(石井 光太) | 現代ビジネス | 講談社(1/3) (gendai.media)

医療ツーリズムのエージェント

医療ツーリズムという言葉が広まっている。その中に、性転換手術も含まれていることをご存知だろうか。

一般的に医療ツーリズムといえば、あまり医療が発展していない国の富裕層が、先進国の最先端医療を受けに来ることを示すことが多い。

難しい外科手術や、その国では認可されていない薬の投与のために、無保険で何百万、何千万円という費用を支払って治療を行うのである。今、日本に医療ツーリズムで来ているのは、中国やマレーシアやタイといった、アジアの富裕層が多い。

一方、日本人のような先進国の人が医療ツーリズムのために海外へ行く場合は、事情が少し異なる。自国では広く行われていない医療を求めて、それが盛んな国へ行くことが多いのだ。

たとえば、日本では原則として代理出産ができないので、ジョージア(旧グルジア)などそれが可能な国へ行く。あるいは、日本ではほとんど広まっていない着床前診断による産み分けを海外で行う。

こうした日本人が行う医療ツーリズムの中で、以前から需要が多いのが性転換手術なのである。

実際に、日本のメディアに登場する「おネエタレント」の中にも、海外で性転換手術を受けたと公言する人は多い。だが、その裏には、彼女たちの医療ツーリズムを支えている人たちも存在する。医療ツーリズムのエージェントだ。

私はこれまであまり知られることのなかったエージェントについて、拙著『世界の産声に耳を澄ます』で光を当てた。

駐在員として渡タイ

タイは、性転換手術が広く行われている国として以前より知られている。

この国ではLBGTの人々が自らの性を隠すことなく比較的自由にすごせる風土があった。高度な医療技術を持った医師たちが彼らの性転換手術を支えてきたし、国も医療ツーリズムに力を入れてきた。そうしたことから、世界の中でも、性転換手術の「先進国」として発展を遂げてきた。

そのタイで医療ツーリズムのエージェントをしているのが、「タイランドIVFサポートセンター」の代表・横須賀武彦さんだ。バンコクの事務所で会った時、横須賀さんはこう語った。

「もともとは一企業の会社員としてタイに来たんです。医療の勉強をしたわけでもなければ、性転換手術に詳しいわけでもありませんでした。いろんな流れの中で、この仕事をするようになったのです」

タイで暮らすようになったきっかけは、ダイヤモンドのカッティング工場を建てるためだったという。宝石店に勤めていた時に、上司から海外赴任を命じられたのである。ちょうど離婚したこともあって自由の身。断る理由はなかった。

横須賀さんはタイに渡って一から言葉を勉強して工場設立のために奔走した。現地の恋人もできた。だが、工場はわずか3年で閉鎖されることになり、横須賀さんは身の振り方を迫られることになった。

日本に帰国したところで家族はいない。ならば、タイに残って第二の人生をはじめてはどうだろうか。そんな考えが脳裏を過ぎった。

2004年、横須賀さんは一念発起して、タイ国内でホームページ制作会社を立ち上げた。当時はまだタイ国内でインターネットが普及して間もなかった。日本企業や日本関連の会社から作成の依頼がくるはずだと予測していた。

ところが、見込みは外れてしまった。企業からの仕事依頼はまったくなく、営業に出向いてもけんもほろろに追い返された。中年男性が起こしたホームページ作成サービスには、誰も見向きもしなかったのだ。悪いことは重なるもので、同じ頃、会社を興して間もなく再婚したタイ人の妻が自動車事故で亡くなるという出来事が起きた。

それでも運命の女神は彼を見捨ててはいなかった。失意の底に叩き落されていた矢先、横須賀さんの元に日本から一通の手紙が届いたのである。それはLGBTの人からで次のように記されていた。

「タイで性転換手術を受けたいと考えています。現地で手術のコーディネートしていただけませんか」

ホームページ制作会社のサイトに、横須賀さんは自分がバンコク在住であることを書いていた。その人物はそれを見つけて連絡してきたのだ。

横須賀さんは性転換手術はもちろん、医療事情については無知も同然だった。だが、どんなことでも仕事にしなければ、会社が倒産してしまうのが明らかだった。それで、必死になって本を読みあさり、現地の友人に聞き、市内の病院を回って人脈を作り上げ、手術のコーディネートを請け負うことにした。

日本のLGBTの評判に

これが評判になったのだろう。日本に暮らすLGBTの人々からも同じような依頼が集まるようになった。逆に言えば、それだけタイで性転換手術を受けたいと願っている人たちは多かったのだ。

横須賀さんは引き続き依頼を受けるとともに、少しずつ自分なりに現地の人脈や知識を広げていった。そして性転換手術だけではなく、タイでの着床前診断による産み分けなど他の医療分野のコーディネートも手がけるようになり、現在の会社を新たに立ち上げたのである。

横須賀さんは語る。

「日本人が手術を受けたいと言っても、何も知らない状況では難しいです。どこの病院がいいのか、どの医師がいいのか、いくらくらいするものなのか、トラブルがあった時に誰に相談すればいいのか……。ご本人にしてみれば、不安はたくさんあります。それを現地に通じている人が支えてあげることは重要なのです」

ただ、医療ツーリズムのエージェントには資格があるわけではない。ここ10年ほどの間にバンコクでは日本人エージェントが急増しているそうだが、会社としてきちんとやっているところもあれば、個人がつてをつうじてやっているようなところもあるという。

では、実際に性転換手術にはいくらくらいかかるものなのだろうか。

「性転換手術と言っても、いろんな形態があるんです。どこをどうするかによって、価格はかなり異なります。たとえば、男性が女性になる場合、うちが手がけているのは2百万円からですね。

病院によっても患者さんによっても、多少の違いが出てくるのです。何日間入院するかによっても違いますし、小さな乳房をつけるのか、大きな乳房をつけるのかによっても値段はちがってくる。手術前に、本人に細かく選んでもらい、それが価格にも反映していくことになります」

タイには病院も無数にあり、安いところであれば数十万単位で請け負っているところもあるらしい。だが、横須賀さんは自身の判断で、最低限のラインとして200万円以上でできるところを勧めているらしい。

「一方、女性から男性へ性転換する場合は、乳房を切除するのが36万円からです。子宮と卵巣の除去は同時に行われるのが普通です。こちらは、25万円から」

乳房、子宮、卵巣を取れば、次に行うのはペニスの構築だ。

「ペニスには大きく2種類あるんです。小さなペニスと大きなペニス。安いのは、陰核を掘り起こすようにして加工してつくるもの。これだと144万円から。ただ、陰核の加工には限界がありますのでサイズは小さくなる。

一方、高いのが大きなペニス。こちらは、足などの筋肉を移植してペニスに加工する。サイズはかなり自由になりますが、価格は396万円からと高額です」

患者が満足できる性転換手術を受けられるかどうかは、医師の技術によるところが大きい。当然、手術をした回数が多ければ多いほど、手術の技術は上がる傾向にある。日本でも性転換手術を受けることはできるが、歴史的にも、手術の数にしても、そして手術のバリエーションにしても、タイの方が上回っている。そうしたことから、タイでの手術を選ぶ人が多いそうだ。

女性が男性になるケースが増えている

かつては性転換手術といえば、男性から女性になることが多いイメージだった。だが、最近は女性が男性になるケースが増えているという。

「手術件数自体は、MtF(男性→女性)がまだ多いですね。うちですと、全体の7割です。でも、FtM(女性→男性)も増えてきて3割くらいになります。

特徴的なのは、FtM(女性→男性)の場合は若いうちに手術を受けること。学生のうちに受けて男性として社会に出ようとする人が多い。一方で、MtFは男性として定年くらいまで生きて、リタイアしてから『本当の性で残りの人生を生きたい』と言って手術を受ける人が多いことです

今の日本社会では、まだまだ男性として生きた方がメリットはあるということだろうか。

ただ、『世界の産声に耳を澄ます』の取材を通して感じたのは、こうして性転換した人々がパートナーをつくった後、代理出産や養子縁組によって、子供を持ち、家庭を築こうとする姿だった。

医療ツーリズムが盛んになり、性転換手術が増えれば、やがてそうしたカップルの子育てという新たな現実が日本でもより広がっていくのかもしれない。

※金額等は同書取材当時のもの。