「君は女ではないと言われているようで…」トランスジェンダー女性教諭が女子トイレを使えない理由とは

「君は女ではないと言われているようで…」トランスジェンダー女性教諭が女子トイレを使えない理由とは(松岡宗嗣) – 個人 – Yahoo!ニュース

「トイレは男性用か多目的トイレを使ってもらう、と他の女性の先生方には伝えてあるので、よろしく」

これは中学校教諭の近藤香織さん(仮名)が、今の学校に赴任する前に校長との面談で言われた言葉だ。

香織さんは、生まれた時に性別を男性と割り当てられ、現在は女性として生活する「トランスジェンダー女性」だ。3年前までは男性として教壇に立っていた。女性と結婚し、一人の子どもを育てている。

2017年に自身の受け持つクラスで「女性」であることを生徒にカミングアウトし、全校集会でもトランスジェンダーだと公表した。

転勤した現在の学校では、最初から書類上も実生活上でも「女性教員」として勤務している。保護者や教育委員会からトランスジェンダーであることを理由に苦情などがきたということもない。

しかし、香織さんは「男性用」か「多目的」のトイレしか使うことができない。「君が男ではないことはわかったけど、『女ではない』と言われているようで、強い孤独感を感じている」と語る。

なぜ香織さんは女性用のトイレを利用することができないのだろうか。

香織さんが現在の学校への転勤が決まったのは2017年度末。転勤先の校長が、前もって香織さんと話をしたいと面談をすることになった。

校長は、事前に他の教職員に対して「来年度からトランスジェンダーの教員が来る」と伝えたという。さらに「トイレは男性用か多目的トイレを使ってもらうと他の女性の先生方には話してあるので、よろしく」と一方的に香織さんに伝えた。

「女性として勤務することについていろいろ相談できるかと思っていたら、突然一方的に伝えられてしまい…」

それでも香織さんは、次の学校で「女性」として受け入れられ、勤務できることに安堵した。

「これからお世話になる校長なので、『嫌です』と言うことはできませんでした」

赴任後は、書類上も全て通称名の『香織』表記になり、着任式でも全校生徒や一部の保護者にトランスジェンダーであることを伝えることができた。

トランスジェンダーであることを初めて公表した前任校では、校長も香織さんを応援してくれていた。現在の学校に赴任してからの2年間も、保護者や教育委員会などからトランスジェンダーであることを理由とした苦情などは一切来ていない。

しかし、香織さんは他の教職員と同じ「女性用トイレ」を使うことはできない。赴任直後は苦渋の思いで男性用トイレを使うこともあったが耐えきれず、別フロアの多目的トイレを利用している。

「一人だけ階段を上り下りして、多目的トイレを利用する際、『君は”男”ではないことはわかったけど、”女”ではない』と言われているようで、強い孤独感を感じていました」

職員室のある2階から1階まで降りて多目的トイレを使っている香織さん。しかし、夕方にシャッターが閉まってしまうと、校舎の外にある多目的トイレまで行かなければならない状況だ。

一部の同僚の先生に相談し、生徒がほとんど使わない3階の女子トイレを使うこともある。他の生徒や先生とも鉢合わせることはないという。

しかし、急ぎの時は3階の女子トイレも、1階の多目的トイレも遠い。かといって、女性として生きている香織さんが男性用トイレに入らなければならないことや、同僚の男性教員と鉢合わせることの苦痛は想像に絶する。

「ある時、テストとテストの合間に急ぎだったので、職員室近くの女子トイレに入ったことがあったのですが、ある先生とすれ違ってしまいました」

その教員が驚いた表情をしていたため、香織さんは後日「びっくりさせてごめんね」と伝えたという。

すると「びっくりしましたよ、香織先生は多目的トイレか男性用トイレを使われると聞いていたので。だって先生はご結婚されていますよね?」と言われてしまった。

「ああ、そういう受け取られ方なのかと思いました。女性と結婚しているから、女性を性的な対象として見ているなら女性用トイレを使われるのは嫌なのか、と」

日本では性同一性障害特例法により、法律上の性別を変更することができるが、結婚をしている場合や未成年の子どもがいる場合は性別を変えることができない。香織さんも法律上の性別は”男性”のままだ。

香織さんが結婚していることや子どもがいることは同僚の多くが知っているが、香織さんの「性的指向」については誰にも伝えていない。

転勤して1年目の終わり頃から、香織さんは何度か校長や教頭に「なんとか女性用トイレを使いたい」ということを伝えた。しかし、「近藤先生には女性用トイレを使ってほしくないと言う先生がいる。その人がいる間は難しい」と断られてしまった。

年度始めには「まずは他の教員と関係性を作ることが先」、年度末には「次に転勤でやってくる先生たちがどう思うかわからない」と何度もはぐらかされた。

「これまでも精一杯、他の先生方と関係性を作ってきたつもりでした」と香織さんは話す。

「私を『女性』として扱ってくれる同僚の教員も増えて、中には『近藤先生じゃなくて、”女性用トイレを使ってほしくない”と言う先生たちこそが別のトイレを使えばいいのに』と、女性用トイレまでわざわざ一緒に行ってくれた先生もいたんです。

でも、そうした理解のある先生たちのほとんどが転勤になってしまって。またゼロから説明にまわらなければいけないのか。そこでまた『いやだという人がいる間はダメ』『次に転勤してくる人がどう思うかわからない』と言われてしまったら、私はどうすることもできません」

ただ、「校長はトランスジェンダーの私をこの学校で担任として勤務させてくださった方で、女性として勤務できていることに恩も感じています。教頭も『私自身は近藤先生が女性用トイレを使うことは全然問題ないと思っているよ』と言ってくださっています。だから、二人を責めたいわけではないんです」

自分の生きている性別にしたがって、ただトイレを利用したいだけなのに、常に香織さんは毎年新たにやってくる同僚の職員に対して、自らの性のあり方を伝え、トイレを使いたいと説明にまわらなければならないのか。

香織さんが助けを求めた時、校長や教頭が協力し他の女性教員を説得することはできなかったのか。同僚の教員たちとの対話はなぜ起きなかったのだろうか。

「せめて一緒に考えてほしいと思っていましたが、こうした職員室の現状に落胆しました」

「自分一人だけでなく、今後この学校に赴任するかもしれないトランスジェンダーの教員が、毎回トイレを利用する際に周りにお伺いを立てずにすむようにしたい」

何度も要望をはぐらかされ続けた香織さんは、別のアプローチを考えた。

まず「(香織さんが)女性トイレを使うことに対してどう思うか」を知るために、女性トイレの手洗い場に、シールで回答ができるようアンケートボードを掲示した。

選択肢は「特に気にならない」「同じ時間でなければ女性トイレを使っても良い」「女性用トイレを使われること自体が嫌」という3通り。実際に女性教職員が香織さんの女性用トイレ利用をどう思っているのか確かめようとした。

これで女性の同僚の多くが「特に気にならない」と答えてくれていたら、女性トイレを使おうと思っての行動だった。

香織さんは数日間ボードを掲示し、他の職員が帰った金曜日の夜9時頃にボードを回収した。

結果は散々なものだった。

「特に気にしない」にシールを貼った人はたったの6人。

「同じ時間でなければ」や「そもそも女性用トイレを使われること自体が嫌」という人が倍以上、過半数を超えていた。

「普段から協力的だった6名の先生方のみが『特に気にしない』にシールを貼ってくれたんだと思います。裏返すと、その先生たち以外は全員、私が女性用トイレを利用することが嫌だと感じているということだったんです」

香織さんは絶望的な気持ちになった。「私は『女性』教員として割り振られているけど、あの先生たちからは『同性』だとは思われていないんだなと。

正直、男性から異性だと思われることよりも、女性から同性だと思われていないことの方が辛いです」

結局、香織さんはその後、仕事が手につかなくなってしまった。

「全然食欲もわかなくなってきてしまいました。あまりの反対の多さに辛くて、ボードを回収した日は、結局翌朝まで職員室にいました」

シールを貼った人はどういう気持ちだったのだろうか。「同じ女性用トイレを使ってほしくない」という欄に増えていくシールを見て、香織さんが酷く傷つくという思いには至らなかったのだろうか。声をかけてみるということもなかったのだろうか。

ボードには自由記述欄も設けていたが、一言だけ「長居しないでほしい」というコメントだけが書かれていたという。

翌週もなんとか学校に出勤した香織さんだが、「女性トイレを使ってほしくない理由」を同僚の女性職員に聞くということは毛頭できなかった。

「誰にも話しかけることができなくなってしまいました。私のことを内心嫌だと思っているんだなと思うと、この学校で過ごすことが怖いと感じるようになりました」

「最初に校長が面談に来てくれた時点で、一方的に『男性用か多目的トイレを使うと伝えるのでよろしく』ではなく『君はどうしたい?』と聞いてくれたらよかったかもしれません」と香織さんは話す。

赴任した後も、何度も香織さんは校長や教頭にお願いをしている。その際に、他の女性職員と話し合う場を設けたり、なんとか香織さんが女性用トイレを使えるよう説得に協力してくれていたら、また状況は変わっていたかもしれない。

「アンケートのボードを女性トイレに置いたときに、せめて他の女性の先生方で集まってちゃんと議論してくれたらよかった。まずは考えてみて欲しかったんです」

香織さんは「私自身はもういいや、という諦めを感じています」と語る。しかし、次にやってくるかもしれないトランスジェンダーの教員を思うと、性自認に基づくトイレを利用できるようにしたいと考えている。

2019年12月には、経産省で働く性同一性障害の職員が女性用トイレの使用を制限されたことについて「違法」だとする判決を東京地裁が下している。

「こういう判例もあるのに私は女性用トイレを使えないんですか?と同僚や校長に言うことはできます。

でも、『性的マイノリティはすぐ訴えてくる』とか、次にこの学校に入ってくる人に『あいつは要注意人物だぞ』と言われてしまうのかなと思うと、なかなか踏み出せません。

『権利権利』と言うと、人間関係が窮屈になってしまうのもわかります。でも、私一人が嫌われ続けたってもう構わないので、権利として女性用トイレを使えるということをみんなにわかっていて欲しいんです。

次の世代の人たちが、わざわざお伺いを立てなくても利用できるようになってほしい」と香織さんは語る。

香織さんは、女性トイレにボードを掲げたことを振り返り、「もし教室で、生徒が黒板に『私のことが嫌いな人は丸を書いて』と書いていたら先生はどう対応するでしょうか。そんなことを書かせてしまっていることに対して、何かアクションを起こすのではないでしょうか」と話す。

「職員室もある意味ひとつのクラスだと思うんです。こういう状況を放っておくような教員が子どもたちのSOSに気付けるのか疑問に思います。

多様性は既にあります。倉庫に置いてある野球のグローブが、右利きだけでなく左利き用のものもあるのは、左利きの人たちの存在が想定されているからです。

マイノリティが現れてから対応を考えるのではなくて、”すでにそこにいる”という前提で考えてほしいんです。

私は教師の立場として、私の行動の全てが子どものために繋がっていると思っています。

だとしたら、職員の多様性にも目を向けて欲しいと思います」

トランスジェンダー女性に女性用トイレを使ってほしくない理由は何か。

近年は、特にSNS上でトランス女性の女性スペース利用に反対する声が増えてきている。中には「性暴力」に繋がると唱える人もいるようだ。

まず香織さんの場合、学校の職員用トイレという場で、トランス女性の香織さんを装った謎の男性が他の女性職員へ性暴力を加えるというのはまずないだろう。

「加害目的の男性と、トランス女性の見分けがつかない」などという声も根強いが、そもそもトランス女性を性暴力加害者の男性と一緒くたにすること自体がトランス女性を「女性」として認識しておらず差別的だと言える。

トランス女性も性暴力の被害を受けてしまうこともある。性暴力をなくすことは非常に重要だが、トランスの問題と別に独立して考えるべきで、トランス女性の女性トイレ利用を制限する理由にはならない。

香織さんが女性と結婚していることを理由に、女性トイレ利用への”違和感”を伝えた同僚もいた。

しかし、性的指向が同性に向くことが問題であるならば、筆者も含む、シスジェンダーのゲイやレズビアン、バイセクシュアルの人なども同僚にカミングアウトしたらトイレを使えないことになる。しかし、そうならないのは、私たちが「ただトイレを利用しているだけ」であることが理解されているからではないだろうか。

「大柄な人がトイレに入ってくることが怖い」という声もあるが、シスジェンダー女性の中にも体格の大きい人もいる。香織さんは女性用トイレに掲げたボードに、反対意見を想定して、あらかじめ「生理の経験がない人に使ってほしくないという気持ちはわかります、こればかりはしょうがなく…」と書いたという。これについても、シスジェンダー女性の月経をめぐる状況は多様であることが指摘できるだろう。

こうした身体的特徴のみで性別を判断すること自体が「女性とは何か」という線引きをより強化・制限し、トランス女性だけでなく様々な女性を排除してしまうことに繋がってしまうのではないか。

筆者の知人のあるトランス女性は、女性トイレを利用したくても周囲の目線が怖くて入れず、かといって女性の見た目で男性トイレに入ることでトラブルになることも怖かったという。

はじめて女性用トイレを利用できたのは、親友が手を引いて一緒にトイレに入ってくれたからだった。当事者こそ「自分が他者からどのように見られているか」を敏感に感じ取り、トイレ利用によるトラブルをなるべく避けたいと考え、慎重に生活をしている人も少なくないだろう。

普段から女性として生活をしている香織さんにとって、「男性用トイレに入れ」と言われることがどれだけ屈辱的だっただろうか。

多目的トイレを使えばいいと言われることもあるが「男性・女性ではなく3番目と言われているようで、同等の扱いでないことがつらいです」と香織さんは話す。

もちろん「Xジェンダー」など、女性・男性という二元論にあてはまらない性のあり方の人にとって、多目的やオールジェンダートイレのニーズはあり、増やしていく必要はある。問題は、女性として生きているトランス女性が、なぜ自分の性別に従ったトイレを利用できないのか、という点だ。

トランス女性の女性用スペースの利用を「嫌だ」と思う人は「差別主義者なのか、我慢しないといけないのか」という言葉も耳にする。これについては、むしろトランス女性こそが、これまで常に”我慢”し続けなければいけなかったという前提を無視してしまっていると言えるだろう。

生きる上で排泄をする。”性のあり方”というその人の重要なアイデンティティを理由に、日常的に利用するトイレから不合理に排除されてしまうことは、人間の尊厳に関わる問題だ。

「ただ安全にトイレを利用したい」だけにもかかわらず、周りの差別や偏見のまなざしによって利用が困難になり、排泄障害になってしまうトランスジェンダーもいることを改めて認識したい。

既にトランスジェンダーは同じ社会をともに生きていて、既に女性トイレを利用している当事者もいる。「空想上のトランスジェンダー」について議論するのではなく、既に同じ社会をともに生きているトランスジェンダーひとりひとりの実態を認識する必要があるのではないか。

また、この問題はシスジェンダー女性とトランスジェンダー女性の対立構造の問題ではないことも指摘したい。

「性暴力」を理由にトランス女性を排除しようとする動きの背景には、「性暴力」の加害者は男性、被害者は女性が多いという現実があげられるだろう。

しかし、繰り返しになるが被害を受けている女性の中にはトランス女性もいる。性暴力それ自体について対策していくことは非常に重要だが、トランス女性と性暴力の加害者を一緒くたにすること自体が差別的であり、どんなアイデンティティや属性の人であっても加害は許されない。

女性への差別や暴力も、そしてトランスジェンダーに対する差別や暴力も、どちらにも反対することは両立する。それと同時に、女性に対する差別や暴力の問題について考える際、その「女性」には、もちろんトランス女性も含んでいるという前提に立つことはできる。

トランスジェンダーを排除するのではなく、共にマイノリティへの差別や暴力、抑圧に対抗することが、安全なトイレ利用へと繋がっていくのではないだろうか。